歴史を知る「港へつながるまち、未来へつなげるまち石川町」

横浜の開港後、石川商店街の辺りでは港とまちをつなぐ運河交通の要として人や船・物で賑わっていました。今では、交通の変化により船から電車・車の時代となり、運河としての役割は終えましたが、その当時の運河と人々の生活とが身近であった頃の写真を集め、多数の店舗に展示し、商店街全体をギャラリーにして来街者や住民に歴史を知ってもらう取り組みをしています。

また、明治大学生による「石川町の歴史」をデジタルアーカイブスとして残すための調査・研究も進行中で、これにより元町・山手・中華街とは違った石川町独自の歴史を様々な人に共有してもらい未来につなげる活動を続けていきます。

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◆ 石川町 地名の由来

「いしかわむら」の地名が古文書に初めて現れたのは鎌倉時代の1233年です。その古文書には「武蔵国久良岐郡平子郷石河村(むさしのくに くらきぐん たいらこごう いしかわむら)」と記されています。石河村・石川村の表記の仕方は異なるものの江戸時代前には既に「石川村」が存在していました。

明治6年(1873年)に由緒ある「石川」の地名を取り上げ「石川町」を起立、明治22年(1889年)4月1日に市町村制施行により今の石川町に至ります。

ちなみに、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が、かつてこの地を「the Street of the Stony River」と英語で直訳しています。